親孝行の簡単なやり方

親孝行(おやこうこう)って、なにをすればいいんだろう?

人生のなかで、何度となく考えました。

10代のころは正直、親孝行まで考えが至りませんでした。

適当に遊んで、勉強して、受験して、少し恋愛しただけで、あっという間に過ぎて行ったように思います。

同じように過ぎてしまったという人も多いことでしょう。

20代で大学を出て社会人になると、今後は社会と向き合いました。

主に仕事です。

わたしの場合、仕事はけっこう好きなほうでした。

いまふうにいえばブラック企業なのかもしれませんが、仕事はいくらでもやらせてくれました。

まあITコンサル系なのですが、案件があればいくらでも働けたし、歩合で給料もいくらでも出してくれました。

他人がいくら稼いでるのかも興味が無かったし、大学時代の友人と会うといったような時間も無く働いていました。

だから、金銭感覚もちょっとおかしかったですね。

ランチで5,000円ぐらいお寿司やステーキを当たり前のように食べていました。

同僚が誕生日だというと銀座のクラブに行って30分でシャンパンを抜いてお祝いして、また職場に戻ってきて仕事をしていました。

シャンパンはもちろんピンドン、悪くてドンペリでした。

いまはモエシャンドンやヴーヴクリコのほうが好きですね。

当時は、何も分からずにクラブにいけばシャンパンを開けて、シャンパンといえばドンペリという発想でした。

コンサル事務所の諸先輩方のするようにしていたという感じです。

まあITバブルの最中でそれ系ど真ん中のコンサルでしたから、仕事さえすればいくらでも稼げるというのはどこの事務所も同じだったような気もします。

30代に入るとすぐに、今度は仕事の独立問題が出てきます。

この独立は、自分で望んでという話ではありませんでした。

コンサル事務所のボスが渡米して、永住という話が出てきました。

実はかなり前からそういう話はうわさレベルではありました。

ボスは日本人ですが大学もスタンフォード大学ですし、帰国してコンサル事務所を立ち上げるまで、ロスで働いていました。

そしてなにより奥さんが米国人でした。

ボスの専門領域で高給を稼げる時代もそろそろ終わりというのは、事務所にいる人間の共通認識でした。

事務所自体は残さないというボスの方針もあり、独立するか転職するかを余儀なくされました。

もちろん独立する先輩コンサルに付いていくという選択肢もありましたが、ボスほど良い案件を獲れそうな先輩はいませんでしたし、その補助者をやっても厳しいなぁという想いもあり、自分で営業して顧客獲得するならば、ひとりでやっても同じかなぁという気持ちが強くなりました。

わたしは独立を選びました。

仕事が落ち着いたのは30代半ばです。

本当にここまで仕事漬けの期間が続きました。

独立自体に後悔はありませんでしたが、週7日働いていたので、専門分野以外はどんどん疎くなる自分を感じていました。

結婚の遅い組の友人たちも、どんどん身を固めていきます。

この結婚の部分に関しては、本当に後手後手という意識がありました。

親も次第に年をとっていくので、色々と思うところはありました。

親孝行したいなぁ。

という想いはあっても、何をしたらいいのかよくわからない。

小さな親孝行はしているつもりでも、その場限りのものなので、やはり親孝行したいと気持ちは消えませんでしたね。

30代後半でわたしも結婚しました。

交際期間は3年でした。

結婚が決まると、また色々と物凄いスピードで色々なことが動いていきます。

結婚したら結婚したで、今度はプライベートが忙しい。

睡眠がほぼ仮眠という状態です。

週末だけ少し長めに寝れて、とてもうれしかったですね。

結婚3年目で子どもが生まれました。

正直、結婚はしたものの、自分が父親になるという意識はまったくありませんでした。

どうなるんだろうという不安だけでした。

でも生まれてみると、やはり自分の子どもはかわいいです。

本当に、かわいいです。

そしてこの子育てを通じて、あることが出来ました。

そうです。親孝行です。

孫を見ているときに、親の表情は本当に楽しそうです。

ああ、こんなところに答えがあったのか!

不意を突かれた気分です。

若いころから、あれこれ思い悩んでいましたが、答えは思わぬところにありました。

手を伸ばせば届く、わたしの周りにあったのではなく、わたしの未来のその先にあったのです。

この世は、分からないことだらけだな、といまでも感じています。

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