中学1年生から徴兵制?

小学校6年生の時だった。

何の科目だったかは忘れてしまったが授業中に突然、担任の先生が来年から徴兵制が始まると言い出した。

それも中1から訓練が始まるので、あなたちに残された時間は1年しかないのよ、と言われた。

徴兵制の意味は当然理解していた。

しかしそれは遠い世界の話で、自分たちが来年から兵隊になる訓練を受けて、戦地に赴くかもしれないなどということはまったくリアリティがなかった。

しかし担任にそういわれてしまうと疑うことなく信じてしまった。

たぶんクラス全体がそうだったと思う。

話の主旨としては、あと1年しか残されていない自由な時間になにをしたいかよく考えろということだった。

わたしは運動部に所属していたので、その結果がほしいと発表した。

他の生徒も似たようなものだったと思う。

結局、さいごには徴兵制の話はうそで、他言無用ということになった。

小学6年生の授業内容としては考えさせられるが、とても印象深い授業だったのは間違いない。

なぜいまこの話を思い出したのか?

そう北朝鮮情勢が年末から来年にかけて重大な局面を迎えるという話が出ているからだ。

ふつうに考えれば、北朝鮮に核兵器の廃棄するように最後通牒をするということだろう。

そしてそれがなされない場合は開戦ということなのだろう。

そうアメリカにいわれたから、今回の衆議院議員選挙になったのだと思う。

年末までもう3ヵ月を切っている。

あっという間ではないか。

金正恩はどうにかならないのだろうか?

トランプは何を考えているのだろう?

もし開戦となればふつうに考えればアメリカ、韓国、日本、中国、ロシアの順でけっこうな被害が出るのではないか?

アメリカを筆頭に持ってきたのはICBMで本土攻撃される可能性が高いからだ。

ずいぶん前からアメリカが開戦に備えて韓国に物資を運んでいるという話が出ていたが、完了すれば戦争ということなのだろうか?

あと3ヵ月か・・・・。

見守ることしかできない自分がいる・・・・。

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キングダム-英雄の系譜- ランキング1位獲得

全然、大したことではないのですが、キングダム-英雄の系譜-のイベントでランキング1位を捕ってみました。

まだ四千人将なのに大将軍や将軍の先輩方を差しおいてのランキング1位は申し訳ないような気もしますが、あくまで合従軍戦でのランキング1位なので、ご勘弁を。

英雄の系譜には爵位争奪戦と合従軍戦という大きなイベントがありますが爵位争奪戦のほうが盛り上がっています。

爵位争奪戦もけっこう本気で参戦したことがありますが、天下統一すると大きなポイントがドカンと入ってきて、ランキングが大きく変わります。

わたしはまだ四千人将なので、大将軍が爵位争奪戦においてどのぐらい優位なのかわかりませんが、前半戦で地道な努力で天下統一してポイントを積み重ねたところで、後戦で大将軍・将軍クラスが怒涛のラッシュで追い抜いていくのが常です。

正直なところ、四千人将の自分ごときが、爵位争奪戦でランキング1位を獲れる気がまったくしません。

一方、合従軍戦は天下統一などのポイントがドカンと入ってくる要素がないので、大将軍・将軍クラスの諸先輩方が本気でやっていない期間を狙えば、たかが四千人将のわたしでも十分にランキング1位を捕れるチャンスが転がっています。

たぶん三百人将でもチャンスはあると思います。

写真は、龐煖戦です。

シャッターを押すタイミングに援護射撃が入ってしまい残念な写真になっていますが、原作通りかなりの強敵でした。

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人の死を乗り越える

人の死の乗り越えかたをわたしはまだ知らない。

おそらくこの先も効果的な方法や特効薬は見つからないと思っている。

そしてそれで良いと思っている。

わたしは血の通った人間だ。

身近であればあるほど、その人の死が大きな悲しみやショックをもたらすのは仕方ないと思っている。

乗り越えかたはわからないが、癒しかたは少しだけ知っている。

わたしはかつて友を亡くした。

もう20年以上も前の話だが、わたしにとって彼の死はショックだった。

大きなショックだった。

わたしが平凡な学生生活を送っているときに、彼はテレビによく出ていた。

彼は普通の人とは異なる道を選んで、眩いばかりのスポットライトにあたっていた。

テレビに出た翌日、通学のために電車にのれば、郷土のスターの話題ばかりが耳に入ってきた。

ほんの数年前までは同じ時間を過ごしていたのに・・・・・。

だいぶ先に行かれた。

置いてきぼりにされた気分だった。

そんなある日、彼は死んだ。

仕事中の事故だった。

彼を知る誰もが、その死を受け止められずにいた。

わたしも何年間も苦しんだ。

思い出がたくさんあるぶん辛かった。

でもやはり時の流れがそのイタミを癒してくれた。

もうそれしかなかったと言ってもいいだろう。

わたしはいまでもよく彼のことを思い出す。

特に、セミの鳴く頃になると、強く思い出す。

それはいつも一緒に自転車でのぼっていた少し急な坂道での思い出だ。

彼はわたしよりも脚力が強かった。

わたしは少し先にスタートするが、いつもその坂道で追いつかれてしまうのだ。

そして後ろからわたしを追い抜こうとする彼が、がんばれがんばれ、と決まって声をかけてくる。

わたしは必死に抜かれまいとするが最初から勝負はついている。

彼はぐんぐんと坂道をのぼり切り、わたしのことを待っている。

わたしは息を切らせながら、なんとか自転車をこいで、彼に追いつく。

毎週のように繰り返される些細な出来事だった。

この坂道は夏になると、セミがうるさいぐらいに鳴いていた。

わたしはセミの声を聞くと、この情景を思い出す。

イタミはいつのまにか、かけがいのない思い出になった。

わたしは人の死は、時の流れでしか癒せないと思っている。

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